【PROPOSE】
初めてだった。喧嘩はもう何度もした。そんなのはもう日常茶飯事だった。
だが。
もう終わりかもしれない。
高一で出会ってからもう5年。いろんなことがありながら、ここまで来た。
いつもなんとか仲直りした。時には洋平に相談したり、アヤコさんに泣きついたり。
どこかでなんとかなるって思ってた。
だが、今回は。
流川が悪いー。
花道はそのことは譲らない、流川が悪い。言わなかった流川がー。
「流川、今度こそアメリカに行くんだって?」
三井の言葉。
花道には突然のその単語。アメリカ。
流川がずっと行きたいと願っていた国。まるで決定事項であるかのように第三者から聞かされる事実。
花道は、俺に言うほどの事ではないんだな、そう、思った。
このまま、流川がアメリカに行けば俺たちはそれで終わる。俺に言わない事実があるあいつとは。毎日当然のように顔を会わせ、言う機会はいくらでもあったはずだ。
花道はそれなら、と。いつかこうなるとは思っていた、別れ。
その事を受け入れなければならない時期が来たのだと、そう納得しようとした。
流川から直接聞かなければならない。だが、流川からだけは聞きたくない。
花道は、まず、同居(流川は同棲と言うが)の解除。ついで大学の転校。自分からそれをしようと決心した。逃げるような真似はしたくはない。
だが、別れを告げられて平気でいられぬくらい、すでに自分にとって流川は特別な存在だった。バスケの上でも、やっと恥ずかしがらずに言えるようになった、恋人としても。
(アパート、探さなきゃな)
花道は、今日が、二人で住むアパートに帰る最後の日、と決めていた。
「ただいま」
靴を脱ぎ、リビングに入って行くと今まで流川がいたのだろう。まだ温かいマグカップがテーブルの上に置かれていた。なかのコーヒーはほとんど残ったままだ。
どこに行ったんだろう。花道はそう思ったが、同時に、ああ、と思う。
(いろいろ準備もあるだろうしな)
その花道が思ったその視線の先にはキャリーバッグがあった。昨日はこんなものはなかった。
(聞かなくてもはっきりしたな)
花道は自分の部屋に入った。
(なんか実家に帰ります、みたいだ)
花道はしばらくそこにたたずんだあと、とりあえず数日分の着替えを出した。
バッグに詰めると、靴を履き、外に出る。
とりあえず、今日は洋平ン家に泊めてもらおう。
今は仕事の都合で洋平も一人暮らしだ。一晩だけ泊めてもらってなんとか明日中に住む所を探そう。
流川が家を出れば、そこに一人で住むという手もあるが、とてもそんな事は出来ない。まったく関係ないところに行きたい。
花道はそう思いながら、ふと気づいた。
ここは――。
そして思わず笑った。湘南の海岸。かってリハビリを終えた花道を流川が迎えに来た、センターの近くの海岸。
この後に及んで、俺ってー。
情けねぇ。花道は思わず笑わずにいられなかった。どうしてここに来ちまったんだろうな。
花道は5年前のあの日に想いを馳せる。退院した自分を迎えに来て、気持ちを確かめ合って、あれからすべてが始まってー。そしてここまで来てー。
(あっけないもんだよな)
花道は動くこともせず、海を見ていた。やがて、高かった日が傾き、あの日のように夕陽が沈み始めた。あの日の夕陽にそっくりだった。
5年たってもあれは変んないんだな。変ったのは流川の方だ。
花道はそう思う。
(でもバスケは、バスケだけは、どこにいても続けよう。それだけは約束すんぜ)
小さくつぶやき、花道は行くか、と歩き出した。
いや、歩こうとしたがその足は動かなかった。
「流川…」
流川が自分の方に歩いてくる。
(なんだよ、やっと話しにきたんか…)
花道は、観念しその場で流川を待った。
「てめーもここに来てたか」
そういう花道には幾分流川の顔がうれしそうに見える。絶望的だ。
「流川…」
「来てると思ったけど」
だが花道は、流川の顔がまともに見れない。
「…桜木?」
どうやら花道の様子がおかしい事に気づいたようだ。流川が覗き込んでくる。
花道は微妙に視線を逸らし、流川の言葉を待つ。
「どうした、どあほう」
「…言えよ」
「え?」
「言いたい事があんだろ!早く言えばいいだろ!」
つい大声になる。もうはっきり言ってくれればいい。
「桜木?どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもない!言えばいいじゃねーか!」
「ああ、でもちょっと待て…」
そう言うと、流川は海に沈んで行く夕陽を見ていた。
まあ、わかれ話なんて言いづらいんだろうな、こいつでも…。
花道はそう思いじゃあいいや、と流川の脇を通り過ぎ、行こうとした。
「おい、待て…」
「いやだ」
「桜木」
「聞きたくない!」
「おい」
「じゃあな」
「待て!」
おもいっきり花道は流川に腕を掴まれ、引き戻された。
「な、なんだよ!流川」
「少し待てって言ってんだろ!」
「待っても待たなくてもいうことは同じだろーが」
「それは…」
「聞きたくないんだよ!じゃあな!」
一瞬戸惑った流川を振り切ったが、その花道の腕は離されてはいなかった。
「…どういうことだ!」
「何?」
「聞きたくないってどういうことだっつってんだ!」
今度は流川の声に怒気があった。だが花道も引かない。
「聞きたくない話しだってことだよ!」
「なんで!」
「な、なんでって、じ、自分の胸に聞いてみろってんだ!」
「悪い事はしてねー」
「ああ、お前は悪かないさ!立派だよ、でも俺はもうおめーに振り回されるのはもう御免だ!」
どういってもちゃんと訳を言おうとしない花道に流川がまた戸惑いを見せる。
「おめー、どうしたんだ?」
「何処でも行けよ!アメリカでも何処でもな!」
「おめー」
「………」
「なんで知ってんだ?」
この後に及んでまだそんな事を。なんだか花道は悲しくなってきた。
(こ、こいつは…)
「ちっ!脅かそうと思ってたんに」
(いらねーよ)
「話は済んだ。俺は行くから」
今度こそ、と歩き出そうとした花道の前に、流川が小さな箱を差し出した。
「は?」
「これ、やる」
「え?」
「手、出せ」
「手?」
花道はぽかんと流川の顔を見ながら思わず、言うとおりに手を出した。
「違う、左手」
「は?左?」
「そー」
「なにを…」
「今日、やるって約束したろ?」
「は?約束?」
知らねーぞ、た花道は首をかしげる。
「そー」
?マークの花道の視線の先に流川がとりだしたそれは―。
「流川、こ、これ…」
「婚約指輪」
「こ、婚約指輪?!」
いったいどこから出てきたその台詞的な、とんでもない展開に花道は唖然となる。
「そー」
「流川…」
「5年まえ、20歳になってそれでも一緒に居たいと思ったら結婚するって約束した」
「は?」
「二人別々にここに来て、5年前と同じ時間にプロポーズするって約束」
「あ!!」
花道の記憶にその流川の言葉がやっと入り込む。
「てめー」
「…そ、それ…」
当然、こうなると花道の方が分が悪い。
「…もしかして忘れてたのか?」
「あ、そ、そうじゃなくて、それ、今日だったんか?」
「おーだ」
流川はきっぱりとうなずく。だが花道はまたもや起死回生をはかる。
「…そ、そうだ、騙されるもんか!おめー、アメリカに行くんだろ!俺と別れて!なのにこ、婚約なんてどういうつもりだよ!」
「は?」
「バスケで行くんだろ!ずっと内緒にしやがって!だから俺はおめーと別れてやるつもりで…!」
「別れるだと?」
とたんに流川の表情が暗くなる。流川の場合おとなしくなるのではなく、キレる前触れである。
「そ、そーだよ!そうすりゃおめーだって心おきなくアメリカ行けるだろーが」
「確かにアメリカには行くけど…」
「ほらみろ!やっぱりそうなんじゃねーか」
なんだかだんだん漫才じみてきた。
「アメリカに行くからって、なんで別れなきゃなんないんだ?」
「ば、ばかかおめーは!行くこと隠してた時点で別れる気だったろーが!」
「…隠してなんかない。今から言うつもりだった」
「だから騙されねーぞ!流川、望みどおり別れてやる。アメリカでバスケして来い」
「してこいっつっても…一ヶ月だけど」
「そーだろ!一ヶ月も行くんだろーが、そんなに長くって、あ? い、一ヶ月だと?」
もうすぐ勝利に輝くところまで来ていた花道は最後の切り札に負けたかもしれない。
「…どあほうが…」
流川はまた、おなじみのふう、というため息をつくしかない。
「流川、…一ヶ月って…?」
「留学は大学を出てからだ。留学先からはてめーへのオファーも来てる。だから夏休みのうちに住むとこととか下調べしてくるだけだ」
「だ、だってミッチーがおめーがアメリカに行くっていうから」
「聞かれたから言っただけだ」
「な、な、…」
こうなると、毎度おなじみ花道のユデダコ人相と言ったところか。
「どあほう」
「ふ、ふぬっ」
「俺がアメリカに行くって思って別れるつもりだったのか?」
花道にとっては図星であった。
「お、おめーがその気だと思って…」
「ほんと、どあほう」
「ふ、ふぬっ!」
またため息をついたが、何とか気を取り直し、流川はもう一度指輪を差し出す。
「これ、いるのかいらねーのか」
「流川…」
「どーなんだ?」
相変わらず無表情の流川だがじっと見つめられると花道はその視線には弱い。
「ふ、ふぬっ!」
「言わねーか」
「う、そ、その…」
「………」
もはや上目づかいに様子をみてももう流川は許してくれないだろう。花道は観念した。
「い、いる…」
蚊の鳴くような声ででつぶやく。その言葉は流川は聞き逃さない。
「まったく!早とちりなヤツだな、おめーは」
「うっ」
「で?、おめーの約束の印は?」
あきれていた流川がつと視線を花道に戻す。花道はその意味がとっさにはわからなかった。
「え?」
「俺はこれ用意して来た。てめーのは?」
「そ、それは、その…」
「どーした?」
流川は自分が指輪を用意したように花道にも約束の形を求めているのだ。
「う、わ、わーったよ!」
花道はあの時のことを思い出す。流川は自分の手を取ってご褒美だとキスをくれた。
だから。
そのときのように花道は流川の手を取り、そっとその唇にキスをした。
「こ、これでいいか?」
流川は返事の代わりにこう言った。
「もう、くだらねー事考えるんじゃねー」
「う、わ、わーったよ」
「どあほう」
「流…」
そして流川は花道の手を取り、左の薬指にその指輪をいれてやる。
花道は女の子にするようなその行動に恥ずかしくはあったが、流川の気持ちがうれしく、じっとされるがままだった。
「これでいい」
その時の流川の顔も夕陽も、花道は忘れられないだろう。それほどに、流川は真剣で、夕陽はあの日のように赤く、綺麗だった。、
自分たちのこの5年間のように何も変る事はなく。
明日、同じ指輪買ってやろう。花道はそう決心した。
終
setting sun 編へ
TONIGHTのひろこさんからいただいたもう一本。こっちに差し上げた方の絵を入れてみました。文章をアップするのに結構不慣れなのでちゃんとそのままできてるといいんですが。
とにかくとにかく、
らぶらぶなふたりをありがとうございました!!!*^^*
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